大阪地方裁判所 昭和39年(行ウ)108号 判決 1974年12月10日
原告 西村敏夫
被告 西淀川税務署長 ほか一名
訴訟代理人 井野口有一 ほか四名
主文
被告署長が昭和三七年九月一三日付でした、原告の昭和三六年分所得税の総所得金額を金二、一八六、七二五円とする更正処分のうち、金一、五八七、〇一〇円を超える部分を取消す。
原告の被告署長に対するその余の請求および被告局長に対する請求を棄却する。
訴訟費用は、原告と被告署長との間においてはこれを六分し、その一を原告の、その余を同被告の負担とし、被告局長との間においては全部原告の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 原告
被告署長が昭和三七年九月一三日付でした、原告の昭和三六年分所得の総所得金額を金二、一八六、七二五円とする更正処分のうち、金一、五三三、一三二円を超える部分を取消す。
被告局長が昭和三九年九月三〇日付でした原告の右処分に対する審査請求を棄却する旨の裁決を取消す。
訴訟費用は被告らの負担とする。
二 被告ら
原告の請求をいずれも棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
第二当事者の主張
一 請求原因
1 原告は、木型の製作販売を業としている者であるが、被告署長に対し、昭和三六年分所得税の総所得金額を金一、三五九、三二八円と確定申告したところ、被告署長は、昭和三七年九月一三日付で、右金額を金二、一八六、七二五円とする更正処分をした。原告はこれに対し、異議申立をしたが棄却されたので、被告局長に審査請求をしたところ、被告局長は、昭和三九年九月三〇日付でこれを棄却する旨の裁決をした。
2 しかしながら、原告の昭和三六年分の総所得金額は金一、五三三、一三二円であるから、本件更正処分中右金額を超える部分については、原告の所得を過大に認定した違法がある。
3 また本件裁決には次のような手続的違法がある。
(一) 被告局長は、原告の要求にかかわらず、原処分庁に弁明書の提出を求めなかつた。これは行政不服審査法二二条に違反する。
(二) 被告局長は、原告が原処分の理由となつた事実を証する書類の閲覧を請求したのに対し、更正並びに加算税賦課決定通知書(写)、異議申立書、同決定書、確定申告書、課税台帳(写)の閲覧を許可しただけで、担当協議官の調査メモ等の閲覧を拒んだ。これは、同法三三条二項に違反する。
二 請求原因に対する被告らの答弁
1 請求原因1の事実を認め、同2の主張を争う。同3の主張中、被告局長が原告の要求にかかわらず、原処分庁に弁明書の提出を求めなかつたこと、原告の書類閲覧請求に対し原告主張の五通の書類につき閲覧を許可しただけであることは認めるが、これらが違法であるとの主張は争う。
三 被告らの主張
(被告署長)
原告の総所得金額は別表一、A欄のとおり、金二、一八八、五一〇円となり、この範囲内でなされた本件更正処分に違法はない。
1 売上金額の明細は別表二、A欄のとおりである。
2 雇人費について
(一) 原告が被告署長に提出した計算書には、原告が昭和三六年中に支払つた雇人費として、合計金一、五八一、五〇〇円が計上されているが、右金額中には、次の(二)に記載した理由により、原告と生計を一にする親族と推測される原告の長男西村好夫、次男西村光好および三男西村直夫の三名に対する支払分合計金八一一、五〇〇円が含まれており、これは旧所得税法(昭和四〇・三・三一法三三号施行前のもの)一一条の二、一項により原告の事業所得金額の計算上必要経費に算入することができない。したがつて雇人費はこれを控除した残額七七〇、〇〇〇円となる。
(二) 被告署長は次の諸事実から原告の長男、次男、三男を原告と生計を一にしていると推認したのである。
(1) 原告と右三名は同一敷地内に居住している。
(2) 日常生活に必要な、電気、ガス、水道のメーターは原告名義のものがそれぞれ一つで、その代金支払も原告がしている。
(3) 主食の購入については、その注文、納品、代金支払は右三名分を含めてすべて原告がしている。
(4) 原告は、昭和三六年度の国民健康保険につき、右三名を原告の世帯員として申請している。
(5) 右三名に対する雇人費の支払があれば、原告において、当然に毎月のそれに対する源泉所得税を徴収して納付しなければならないが、これをしていない。
(6) 雇人費の支払に関する帳簿書類の作成保存がなく、右三名に対する雇人費の支払の事実が確認できない。
3 事業専従者控除額について
原告の長男、次男、三男の三名は、原告の経営する事業に専従しており、かつ、前記の理由により原告と生計を一にする親族であるから事業専従者に該当する。したがつて、一人につき金七〇、〇〇〇円、合計金二一〇、〇〇〇円が事業専従者控除額となる。
(被告局長)
1 処分の取消請求の訴と処分を維持した裁決の取消請求の訴とが併合提起されている場合において、処分に違法がないときは、かりに不服審査の手続に違法があつても、裁決を取消すことはできない。けだし、かりに裁決を取消しても、審査庁としては原処分を取消す余地がなく、再び原処分を維持した裁決をする外はないからである。本件においても本件更正処分に違法はないから、原告には、本件裁決の取消を求める法律上の利益がない。
2 行政不服審査の手続において、審査庁が行政不服審査法二二条により処分庁に対し弁明書の提出を求めるか否かは、審査庁の自由裁量に属する。そして本件において被告局長が被告署長に対し弁明書の提出を求めなかつたことにつき、裁量権の範囲の逸脱ないし裁量権の濫用はない。
3 被告局長が原告に閲覧を許可した書類以外の書類は処分庁から送付されていなかつた。審査請求人は審査庁に対して、未提出書類の提出方を処分庁に求むべきことまでも請求しうるものではなく、また担当協議官が直接閲覧したときに収集した調査メモは「処分庁から提出された書類その他の物件」にあたらないから、書類閲覧に関しても何ら違法はない。
四 被告署長の主張に対する原告の答弁
1 被告署長主張の総所得金額の明細についての認否および主張は別表一B欄のとおりであり、また売上金額の明細についての認否および主張は別表二B欄のとおりである。
2 雇人費について
(一) 被告署長の主張2、(二)、(1)ないし(5)の各事実を認める(ただし(3)の事実については、長男だけは自己の名において米穀の取引をしていた)。
(二) 原告は、昭和三六年中において雇人費として、被告署長主張の金七七〇、〇〇〇円を支払つたほか、原告の長男、次男、三男の三名に対しても、合計金八一一、五〇〇円を支払つた。これらの支払については、賃金及び手当一覧表によつて明らかである。
被告署長の主張2、(二)、(1)ないし(5)の各外形的事実だけをみれば、右三名が原告と生計を一にしていたと推測されるにしても、現実には右三名が各自の生活費用を分担して支出し、独立の生計を営んでいたのであり、原告と生計を一にしていた事実はない。したがつて右三名は事業専従者に該当せず、これらに対する賃金として支払つた合計金八一一、五〇〇円は雇人費に計上すべきである。
第三証拠<省略>
理由
一 請求原因1の事実(原告の営業と本件更正処分および裁決の存在)は当事者間に争いがない。
二 本件更正処分の適否について
1 被告署長の主張中別表一、A欄<4>のb、<7>の各金額は当事者間に争いがない。
2 売上金額について、
(一) 被告署長の主張1中別表二、A欄<1>の金額は当事者間に争いがない。
(二) 竹中鉄工に対する売上金額
<証拠省略>によれば竹中鉄工に対する売上金額は金一、一〇〇、五〇〇円と認められ、右認定に反する<証拠省略>の記載内容および原告本人尋問の結果は右各証拠に照して採用できない。
(三) 塚本総業に対する売上金額
別表二、B欄<3>の原告主張金額は同表、A欄<3>の被告署長主張金額をこえているから、右原告の自認する金額を塚本総業に対する売上金額と認めるのが相当である。
(四) 淀川機械に対する売上金額
<証拠省略>によれば、淀川機械に対する売上金額は金六八七、〇〇〇円と認められる。
(五) 以上を合計すると金五、四八八、一五〇円となり、被告署長主張額五、四七九、一五〇円を超えるから、被告署長主張額をもつて総売上金額と認める。
3 一般経費控除後の所得について
所得率が六二%であることについて当事者間に争いがない。そうすると、一般経費控除後の所得金額は、被告署長主張のとおり金三、三九七、〇七三円となる。
4 雇人費について
(一) 原告が昭和三六年中に、雇人費として、原告の長男、次男、三男以外の従業員に対し合計金七七〇、〇〇〇円の賃金を支払つたことは当事者間に争いがない。
(二) <証拠省略>によれば、原告は、昭和三六年中に、雇人費として、原告の長男に対し金三二五、〇〇〇円、次男に対し金二九三、五〇〇円、三男に対し金一九三、〇〇〇円をそれぞれ支給したことが認められ、右認定をくつがえすに足りる証拠はない。
被告署長は、右三名が原告と生計を一にする親族であるから、右各金額は原告の事業所の計算上必要経費に算入できないと主張するが、旧所得税法一一条の二、一項に規定する「生計を一にする」というためには、納税義務者の親族等の生計が実質的に納税義務者の計算において営まれていることを要するのであり、もし親族等が、納税義務者の経営する事業に従事し、その提供した労働力にみあう賃金を支給され、その賃金によつて独立の生計を営んでいる場合には、これに当らず、その支給された賃金は、同法一〇条二項により納税者の事業所得の計算上必要経費に算入できると解すべきであるから、以下この観点から右主張を検討する。
被告署長の主張2、(二)(1)なしい(4)の各事実(ただし、(3)の事実中長男に関する部分を除く)は当事者間に争いがなく、これらの外形的事実だけからみれば、他に特段の事情がない限り、右三名は原告と生計を一にしていたと一応推認することができる〔ただし同(5)の事実については、<証拠省略>によれば、原告は、他の従業員についても昭和三六年分の源泉所得税の徴収、納付をしていないことが認められるから(右認定に反する<証拠省略>は右証拠に照して採用できない)同(5)の事実をもつて被告署長が主張する推認の根拠とすることはできない〕。
しかしながら、<証拠省略>を総合すると次の各事実を認めることができる。
(1) 長男好夫(昭和九年六月一一日生)は、小学校卒業以降原告の事業に従事し、昭和三四年一〇月一〇日に結婚(婚姻の届出は同年一二月一四日)してからも妻と共に原告方居宅南側の六畳間を専用して起居しているが、同年一二月一四日、原告から世帯を分離して住民登録をし、食事は原告夫婦とは別にし、その費用は原告から支払を受けた賃金によつて賄つており、光熱費も原告との間において取決めた自己の負担部分を賃金から支払つていた。
(2) 次男光好(昭和一一年八月二七日生)は、小学校卒業以降、原告の事業に従事し、昭和三六年一一月一七日に婚姻するまでは、他の三名位の住込の従業員と同じく原告の妻から賄の世話をしてもらい、原告から支給された賃金から賄費を支払つていたが、婚姻してからは、妻と共に原告方北側の当時増築した部屋を専用して起居し、食事の点や、食費および光熱費の支出に関しては、長男の場合と同様にしていた。
(3) 三男直夫(昭和一六年五月一九日生)は、中学校卒業以降原告の事業に従事し、昭和三六年当時は、原告方の敷地内に建てられた従業員の寮に起居し、他の住込の従業員と同じく原告の妻から賄の世話をしてもらい、原告から支給された賃金から賄費を支払つていた。
これからの認定事実に照らせば、前記の当事者間に争いのない事実が存在したとしても、原告の長男、次男、三男は、昭和三六年当時、原告から支給された賃金によつて、自己の計算において独立の生計を営んでおり、原告と生計に一にしていなかつたと認めるのが相当である。したがつて右三名に対する賃金の支払額合計金八一一、五〇〇円は雇人費として必要経費に算入すべきである。
(三) そうすると、雇人費は原告主張のとおり、合計金一、五八一、五〇〇円となる。
5 事業専従者控除額について
前示のとおり、原告の長男、次男、三男の三名は原告と生計を一にせず、事業専従者に該当しないから、右控除額はないことになる。
6 以上によれば、原告の昭和三六年分総所得金額は、別表一C欄のとおり、金一、五八七、〇一〇円となり、本件更正処分は、右金額を超える部分につき、原告の所得を過大に認定した違法がある。
三 本件裁決の適否について
1 訴の利益について
被告局長は、処分取消請求が棄却されるべきときは、裁決取消を求める利益がないと主張するが、処分取消請求棄却の判決には関係行政庁に対する拘束力はなく、又それは、当該処分による法律関係自体を確定するものでもないから、裁決に固有の瑕疵があつて裁決が取消され、審査庁があらためて裁決をする場合に、原処分を取消しあるいは変更することが(実際上は稀であるとしても)全くないとはいいきれない。したがつて本件の場合のように、処分取消請求が一部理由がないときでも、なお裁決の取消を求める訴の利益を否定することはできないと解すべきである。
2 弁明書について
被告局長が被告署長に対し弁明書の提出を求めなかつたことは、被告局長の自認するところである。しかし審査手続に関して現行の国税通則法九三条のような規定のなかつた本件裁決当時においては、審査庁が処分庁に対し行政不服審査法二二条により弁明書の提出を求めるか否かは審査庁の裁量に委ねられていたと解すべきことは、同条の文理上明らかであり、本件において被告局長が弁明書の提出を求めなかつたことが、裁量権の範囲の逸脱ないし裁量権の濫用となるような事情はこれを認めることができない。
3 被告局長が原告の書類閲覧請求に対し、原告主張の五通の書類につき閲覧を許可しただけであることは当事者間に争いがない。しかし<証拠省略>によれば、それ以外に原処分庁から提出された書類はなかつたことが明らかであり、被告局長としては、原処分庁に不提出書類の提出を要求して原告に閲覧させるべき義務はないし、また審査庁担当官の調査メモは「処分庁から提出された書類その他の物件」にあたらず、閲覧請求の対象とはならない。したがつてこの点に関しても違法はない。
四 以上説示したところによれば、原告の被告署長に対する請求は、総所得金額一、五八七、〇一〇円を超える部分の取消を求める制度で理由があるからこれを認容し、その余の部分、および被告局長に対する請求は、いずれも理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法九二条本文、八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 下出義明 藤井正雄 石井彦寿)
(別表一)
科目
備考
A被告署長主張額(円)
B原告の認否および主張額(円)
C裁判所認定額(円)
<1>売上
5,479,150
5,392,250
5,479,150
<2>(所得率)
62%
認
62%
<3>一般経費控除後の所得
<1>×<2>
3,397,073
3,343,195
3,397,073
<4>特別経費
a+b
1,012,063
1,823,563
1,823,563
a 雇人費
770,000
1,581,500
1,581,500
b 支払利息等
242,063
認
242,063
<5>事業専従者控除
210,000
0
0
<6>事業所得
<3>-(<4>+<5>)
2,175,010
1,519,632
1,573,510
<7>配当所得
13,500
認
13,500
<8>総所得
<6>+<7>
2,188,510
1,533,132
1,587,010
(別表二)
得意先
A被告署長主張額(円)
B原告の認否および主張額(円)
C裁判所認定額(円)
<1>大福機工外7店
1,956,650
認
1,956,650
<2>竹中鉄工
1,100,000
1,079,600
1,100,500
<3>塚本総業
1,735,800
1,744,000
1,744,000
<4>淀川機械
686,700
612,000
687,000
<5>総売上金額
5,479,150
5,392,250
5,488,150